緑Part1

ほっと一息ついて寛ぐ時、ちょっと彼方に見える森の緑が目を安らがせる。

新緑、夏の緑。日光を充分吸収している君のおかげで気持ちが平静で居られる。

あらゆる不安、あらゆる苦悩を和らげさせてくれる君の濃い美しさ。安定した生命の息吹き。(2017. 7. 10)

あさゆる角度から大気、光の粒子を吸収する君のその力が大地と接すると生み出される生命のドラマ。(2017. 7.12)

生命の全ての気を交流させる君が、人々の罪の全てを清める。罪さえも緑は生命の養分にする。

緑の濃い葉が世界の全ての怒号や騒音を吸収し、心の安定へと導く。

空の青も雲の濃さに吸い寄せられてゆく。
君の木々の形に沿った輪郭が世界が静かに奏でる平和の音を目に見える木霊で知らせてくれる。

木々の霊は天の彼方の神の声を地上の我々へ聴かせてくれる。緑、君はその神の声の到来を私達へ告げ知らせる天使だ。

君の見え方は、外から見る時と、森の中で見る時は違う。遠目で眺める私達の目を安らがせもするけれど、中で私達に気を吸わせてくれるのだから。

空が緑で木々の葉が青だったなら、今程人は安らぐだろうか?
木々に吸い込まれ、空に圧迫される様に感じるかも。(2017. 7. 14)

ブロッコリの様に僕の家のヴェランダから見える君は、到る所で見られるけど、いつも誰かに注目される訳じゃない。

君だけが見られるエリアへ行けば、誰もが君だけが視界へ入る。君だけが環境の主となり、歩みを進める目印の全てになる。

君がある日真っ赤になったとしたら、僕達は流れている血が君になるのかもね。それでもきっとそんな問題はないのだろうけど、初めは狼狽するだろうね、皆。

君が日中取り入れるのは二酸化炭素で、吐き出すのが酸素だけど、深夜は酸素を取り入れて二酸化炭素を吐き出すから、僕達は深夜森で過ごさない方がいい。

夜更け過ぎに君は不気味な闇を空の黒と共に作る。
闇夜の漆黒が立ち上がらせる霊気はきっと夜明けの雲に代わっている。(2017. 7.14)

鳥達は君へと目がけてやってくる。君から見れば鳥はふいの訪問者だ。

君はきっといつも葉同士、実同士の語り合うのに耳を澄ませているのだろう。鳥達もそれを聴きつけやってくるのだ。

山や大地の瘤を覆う君よ。君はその大地の荒々しさを優しく覆い、厳しさを巧く見せない様にしてくれている。

君は全ての尖ったものやぎざぎざしたものを見る者が和らげてくれる。君のおかげで僕達は随分一々心配しなくて済んでいる。

雷が鳴り稲妻が光って、落され、木が受け止める。
闇が迫った中で、昼間目を落ち着かせる君が燃え上がる。

真っ黒になって、やがてどしゃ降りが鎮まり、日が差すと白くなって灰を落とす。

夜更け過ぎに不気味に闇を際立たすかと思えば、日中は空の青を引き立たせつつ、地上の我々の目と心を安らがせる君は、光にも闇にも溶け込み、両方助ける。

君はだから楽園にも地獄にも引っ張りだこなんだよね。

君はあらゆる闘争をけしかけもしなければ、敢えて鎮めようともしない。只いつもどこかでじっとしているだけだ。

そういう君こそ存在そのものを僕達に教えてくれている。(2017. 7.17, 19修正)
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光の河、心の窓、全てを見守る雲

悔いは至る所にある。
しかし一切悔いがないことの方が救いはない。

悔いはあっても、やり切った心地があれば、
そこに光の河は流れている。

悔いがある内は未来に希望を繋げる。
今目の前に見えるものは過去であり、全ての今・現在は先送りされ、永遠に到来しない。
永遠に到来しないことのみを重んじる心。

光の河は心の窓を開ける。
心の窓を常に一つだけ何か選び見ている。
見ることは、見ているもの以外は全て目を瞑ることだ。

歩かなければ道を知ることはできない。
歩みとその続行だけが道を身体を通し、心に刻む。

道だけが告げ知らせてくれることがある。
日差しが導いてくれ、それが心の光の河と重なる。

心の窓枠に雲の動きが密やかに浸してくる。
不安が見させる夢は悔いが作っている。

*我々人間が絶滅しても、きっと植物は栄え続けるのだろうな、と考えると、何だか無性に嬉しくほっとする。

人間はどうしてこうも色々余計なことを考えてしまうのだろう?
植物の様に只じっとして、しかし水を吸収し、光と大気を吸い込んでさえいればいい様に、どうしてできないのだろう?*

人は言葉がなぜ余計なことを考えさせるのかと僕たちに問わせない様に君臨している。だから人は失ってしまったじっとしながら全てを汲み尽くす能力を取り戻そうとしている。(7.1)

*植物を群生させる山も大地も全ての生き物に水を運ぶ川も、我々の全ての動きも、雲は全てを見守る。*(6.30)

人は糞をする生きものだ。緊張すれば尿意を催す。
その部分では動物でしかなく、便を出せばすっきりし、その部分は花粉を噴出する植物と同じだ。

人の心の光の河は、排泄の循環が作ってもいる。
汚れへ愛着を持つことから愛は生まれる。

雲がひょっとしたら、神や天使達の糞なのかも。
雲に背に乗って全ての生物が花粉を散らし、受粉と脱糞をするその音を聴いてみたい。(7.1)
光の河は全ての淀み、汚れ、憎しみと嫌悪を透明に浄化して運ぶ。心の窓は全てを清くした光の河だけを心の部屋へ誘い込む。

雲が流れゆくのが見える。雲は一体何を運んでいるのだろう?
あの雲はあの地震で辛い目に遭った人達の許にもきっと運ばれるだろう。

雲よ、君は人の心が癒せるかい?自分にはいつもはできない。君もかい?きっと、そうだろう。

心の窓へ風よ、吹いてきれおくれ。その細やかな涼しさで幾分今の気分が和らげられるだろうから。

光の河は雨の日も曇りの日も流れ続ける。たとえ嵐になっても。
悔いと迷いに押し潰されそうになっても、きっと最後は貴方が救って下さるだろう。

でも、そこまで追い詰められるまでは、全ての苦悩を受け留めていこう。(7.2)
(了)

到来

知ることは恣意的でない。
知ることは自らの前に降りてくるものである。

分かろうとして足掻いても知るには至らない。
見えてくるものだけを知ることができる。

実は結ぶ時は結ぶ。
到来の瞬間は、全ての真理の納得が要る。
真理の納得が必然を作り、決定となる。

聴こえてくることは全てへその行く末へ魂を突き動かす。
心落ち着く迷いだけが運ぶ実がある。

全ての成り行きが意味を持つ。
見守る全ての納得が得られる。
その時の移り行きは深く広い。

初めて巡り合うことは、予め全て決定されている。
我々は全て決定にだけ従う。

生の時間に無意味な時間はない。
一つの決定が次の決定を決定する。
決定の声を聴く者のみが決定による到来を得る。

全ての実が立ち上がる声は、自らの実の到来を待つ者に、到来の近いことを告げる。

自らの心に実を結ぶ到来は、自らの心を訪れ様とする悪魔を子羊に、そして彼等が食む草へ変える。
我々は至福の情景を、そこにはっきりと心の中に見ることができる。

黄金の実は鐘を鳴らす。
鐘の音の響き渡る野に佇む時、神の到来を知る。
知るとは神の語りを聴くことだ。

光は知ることからだけ差してくる。
(了)

(2017. 6.19/修正20)

梅雨の入り口で

風が花の影を通り過ぎる。

日が陰り、雨がぽたぽた落ちてきた。

あの日の思い出は雨で洗い流されてゆく。

思い出のかたちはその都度影のかたちだ。

雨季の影は思い出を乗せない。

雨季甦らす過去は影を求めず、雨音を頼る。

あの物憂げな日差しが作った影は雨音だけが思い出させる。

あの日差しの下で思い出した日は、今きっとどこかで花となって人に香りを運んでいるだろう。

楽しかっただけに別れが辛かった思い出は、風もどこかへ運んではくれない。

雨に交じって時折吹く風は、紫陽花をゆっくりダンスさせる。

紫陽花が振り撒く水滴が、肌に当たり、あの日を思い出すのを中断させる。

でもその幽かな水滴の音をどこかで聞いて、何かを閃く奇跡が起きているかも。

水滴の音が思い浮かばせる花の園へと思い出が誘う。

過去の自分が早くそっちへ連れてってくれと言ったり、何も教えてくれるなとも言う。

菖蒲の池に蛇が這い回り、泡が一つ水面にできる。

隣の蓮の池から蛇が出て這い上って森へ急ぐ。
まるで過去を断ち切る様に。
(2017.6.14./修正15)

空気の色の声②(2017. 6.5,6)

空気は光で質をその都度変えられ、我々に送る声がその度に違ってくる。
空気の声が移り変わるのは、あたかもオールスター出演のヴァラエティのよう。
風が吹き新緑が揺れると心をざわめかせる。
風が立ち込めると、空気は涼やかになり、湿った滑らかな声が聴こえてくる。(6.5)

川の水面にその都度の光の具合に添った空気が映る。
水面の色が囁く声がその時の気分を映す。
水面の囁きが様々な異なった記憶を意味で繋げる。

意味が希望を生み、希望が空気に様々な声を呼ぶ。
希望を持って接する空気は色を鮮明にする。
鮮明な色の空気の声は優しく美しい。

希望は空気だ。
気分は色だ。
意志は声だ。

希望の空気で空を見よ。
今の気分を色で語れ。
諦めない意志を優しい声で語れ。(6.6)
プロフィール

カワグチミカル

Author:カワグチミカル
 生きていく事は生きている自分の外部の世界の中からその都度自分で必要な何かだけを選び取り、後は潔く全て捨てていく事だ。所詮生きていく事自体にアウトロー性があるという事を覚醒していくという要素がある。
 その時詩を書く行為がウェブサイト上での行為であるが故に、世界への批評となり、世界への批評をする自分を分析する哲学も必要になる。ここに詩と世界への批評と哲学が同一線上に並ぶ。
 その同一線上の地平の発見こそがこのブログの目的である。

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